理 事 長 挨 拶

2016年11月2日
東京大学大学院医学系研究科
人類遺伝学分野・教授
徳永勝士

 この度、2016年10月22日の理事会の議を経て、日本組織適合性学会・理事長を拝命いたしました徳永勝士でございます。理事長就任に際しまして、私どもの学会がどのような活動をおこない、その成果を社会へ還元しようとしているのかについて、御紹介を申し上げたいと存じます。

日本組織適合性学会の活動方針

1) 基礎医学の推進:組織適合性に関わる遺伝子のゲノム解析、蛋白質の構造と機能解析、種々の免疫療法、臓器移植やES/iPS細胞を利用した再建・再生医学、さらにがん治療に関わる組織適合性などの問題の解決、HLAが遺伝要因となっている疾患の多様な感受性遺伝子の同定と発症メカニズムの解明、NK細胞レセプターや非古典的MHCの研究、組織適合性遺伝子の分子進化と系統発生研究への応用、ならびに広く免疫遺伝学に関する基礎および応用研究を推進いたします。

2) 検査医学の推進:HLA抗原の多型のタイピング方法、ならびにHLA抗原に対する 抗体の検出などについて、多様な方法の開発ならびに比較検討を行い、その成果を輸血ならびに移植医療の発展に還元します。特に、急速に発展する高速DNAシークエンサーを用いたHLAタイピングと、近年移植における拒絶反応の原因ならびに指標として注目されている、抗HLA抗体の検出法に関する研究には力を入れたいと考えております。また、これらの検査のQuality controlと標準化を目的としたQCワークショップを関連学会とも情報を交換しつつ運営するとともに、HLA検査技術者、組織適合性指導者、ならびに組織適合性検査施設の認定制度を推進して人材を育成します。

3) 移植・再建再生医学、がん研究の推進:主に造血幹細胞、腎臓、肝臓、膵臓、および心臓ほかの移植医療、ならびに今後の発展が期待される再建再生医療や、がんの免疫・ゲノム医療における組織適合性の問題について、臨床研究を推進します。これに際して、上記の基礎および検査医学との連携を緊密に取り、組織適合性の観点より、より良い移植・再建再生、がん医療のあり方について研究いたします。

4) 以上について国際的にもレベルの高い学会活動を展開し、その成果を社会に還元すべく、可能なものについては学術集会、講演会や学会ホームページ上に情報を公開し、学会員のみならず国民の皆様方にも分りやすい学会運営を目指します。

 日本組織適合性学会では、以上のような学会運営を目指しております。私は今後の課題として、国際発信・交流の促進および若手学会員の支援・育成も指摘させていただきます。学会員ならびに国民の皆様方には本学会の運営につきまして、御理解ならびに御支援を賜りたく存じます。また社会に開かれた学会運営を目指して、皆様方からの御意見・御要望を承りたいと存じます。

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 以下に我々の研究対象であります、組織適合抗原に関する研究の歴史的背景と、日本組織適合性研究会を経て、日本組織適合性学会が発足した経緯について、御紹介いたします。
  1.MHC発見の黎明期
 組織適合性抗原は発見の当初は、その名が示すとおりに同種異系個体(アロ個体、他人)の間で行われる臓器移植において、拒絶反応を誘導する遺伝子群によりコードされる分子のことを意味しておりました。その中でも、とりわけ強いアロ拒絶反応を誘導する分子として主要組織適合性抗原と、これをコードする遺伝子複合体であるMHC (Major histocompatibility complex) が同定されました。ヒトのMHCは、HLA (Human histocompatibility leukocyte antigen) と呼ばれています。MHCは脊椎動物が有する遺伝子の中でも、圧倒的に個体差 (多型性) が大きな遺伝子であり、その不適合が免疫系のTリンパ球とBリンパ球に強い免疫反応を誘導するため、アロ臓器移植においてその拒絶を誘導します。
 このようなMHCの存在は、マウスで1930年代にGeorge D. SnellらとPeter A. Gorerらにより発見されH-2 (Histocompatibility 2 locus)、と命名されました。また1950年代にヒトのHLAがJean B. C. Daussetらにより発見され、さらに1960 年代にMHCクラII分子の多型が免疫応答性の個体差を生み出すという、Baruj B. BenacerrafおよびHugh O. McDevittらの発見が脚光を浴びました。Snell, DaussetおよびBenacerrafはその業績により、1980年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。

2.MHCの生物学的機能の解明期
 当初は拒絶反応を誘導する不思議な分子として発見されたMHCですが、臓器移植は人間がこの60年ほどの間に開発した医療行為であり、生理的な現象ではありません。父親のMHCを発現する胎児を妊娠している母親では、唯一の生理的な移植が生じていると言えます。したがって、発見の当初よりMHCの生物学的な機能は、移植臓器に対する拒絶反応を誘導することではないことは容易に想像されておりました。1970年代に、Rolf M. ZinkernagelとPeter C. Dohertyらが、ウイルス感染細胞をCD8陽性のキラーTリンパ球が破壊する際に、MHCクラスIの多型性とウイルス抗原の特異性の両方を共に識別する必要があることを発見しました。彼らは、このいわゆる「Tリンパ球の抗原識別におけるMHC多型への拘束性」の発見により、1996年にノーベル賞を受賞しました。その後、多くの研究者により、CD4陽性のヘルパーTリンパ球が、MHCクラII分子の多型性と抗原特異性を共に識別して、免疫応答を示すことが証明されました。

3.MHCとT細胞レセプターの構造と機能の解明期
 最初はTリンパ球の表面には、ウイルス抗原とMHC多型を識別する独立した2種類のレセプターが存在することも考えられましたが、その後の1970年代に免疫グロブリン(抗体)の、また1980年代にはTリンパ球表面の抗原識別レセプター(T細胞レセプター)の遺伝子が利根川進博士、本庶祐博士、Mark M. Davis博士およびTak W. Mak博士らにより解明され、T細胞レセプターが単独でMHCと抗原特異性を識別していることが証明されました。利根川進博士は、これらの業績により1987年にノーベル賞を受賞しました。
 さらに、1987年にDon WileyとJack L Stromingerらにより、MHC分子の立体構造が解明され、MHC分子の先端に溝があり、ここに蛋白質抗原の分解産物である抗原ペプチドが結合していることが証明されました。そしてT細胞レセプターはMHC分子に結合する抗原ペプチドを認識する際に、MHCの多型と抗原ペプチドがもつユニークな構造を、同時に識別していることが完璧に証明されました。さらにMHCの多型により、結合するペプチドの構造が限定されることが膨大な数のMHC結合ペプチドの解析により証明されました。そして、MHCが高度の多型性を示す理由として、進化の過程でいろいろな種類の抗原ペプチドを結合できるMHCを動物集団が有していることが、動物を脅かしてきた最大の脅威である微生物への感染症から守り、種を保存するために有利であったからであると考えられるようになりました。
 このようにMHCの多型性は、免疫応答性の個体差を生み出し、これが感染症や自己免疫疾患への罹り易さを決める遺伝要因にもなっていることが分って来ました。さらに、MHCの著明な多型性のゆえに、MHCは人類や動物の起源やその分化などの研究にも大きな貢献を果たして来ました。もちろん、発見のきっかけとなった、アロ臓器移植におけ拒絶反応の原因解明と、その回避に関する研究分野は、移植医療の発展にとって非常に重要な医学および社会への貢献をもたらしています。さらにMHCに結合する抗原ペプチドを利用して、感染症や癌から動物を守る免疫反応を誘導するワクチンの開発と臨床応用が近年、注目を浴びています。

4.組織適合性について多面的に研究する国際組織適合性ワークショップ(IHIW)の活動
 組織適合性抗原の基礎、検査および移植医療に関する研究活動については、国際的な共同研究体制の構築が重要であり、1964年よりIHIWが概ね4年ごとに開催され、2012年にはリバプールで第16回IHIWが開催されました。IHIWは、特にHLAタイピング技術の開発、標準化および、その疾患感受性遺伝子の同定と移植医療への応用において、下記のように非常に大きな役割を果たして来ました。
 HLAクラスI分子の多型については、当初より妊娠や輸血の既往歴があるヒトの血清中に検出される、胎児や輸血製剤に交じっていた他人の白血球に発現するアロHLAに対する抗体HLAを含む、アロ血清を用いた血清学的タイピングが行われていました。一方、HLAクラスII分子(当時はHLA-Dと呼ばれていた)の多型解析については、HLA-Dホモ接合体細胞(HTC)を標的刺激細胞として、非検者のTリンパ球がアロHLA-Dに対して示すin vitro一次混合リンパ球反応(MLR)を細胞培養系により検出し、非検者のリンパ球が反応を示さなかったHTCが発現するHLA-D抗原を非検者は有すると判定する、非常に煩雑かつ労力を要する検査でのみ同定されていました。さらにHLA-Dが一致したHTC間のMLR培養を継続すると、さらに新しい多型を有するクラスⅡ抗原であるSB抗原(現在のHLA-DP抗原)を認識するTリンパ球が誘導されることが発見されました。私はこのようなMLRによるHLAクラスⅡ多型の検出を大学院生時代のテーマの一つとし、日本人におけるHLA-DP(SB)抗原の解析を最初に報告する機会に恵まれました。その後、HLA-D多型を検出するアロ血清が利用できるようになり、現在のHLA-DR (HLA-D related)抗原系が、血清学的に同定できるようになり、MLRによるHLA-Dタイピングに取って変わることになりました。このようなHLAタイピングに必須のアロ血清やHTCの国際的な共有が、IHIWの活動を通して初めて可能となりました。
 1980年代までは主流であった抗HLA抗体を用いた血清学的な手法によるHLAタイピングも、1980年代の後半から1990年代にかけて、DNA多型を直接タイピングする方法に変わり、革命的な変革がもたらされました。その後に1999年に猪子英俊第4代会長らがゲノムプロジェクトにより、HLAゲノムの全貌を明らかにされました。このような人類集団におけるHLA多型の全貌の解明に果たした、国際組織適合性学会の貢献は、計り知れないものがあります。さらにその成果を利用して、特に自己免疫疾患の感受性と相関を示すHLA対立遺伝子の同定、ならびに移植医療における組織適合性の重要性の発見に、大きな貢献を果して来ました。さらに、組織適合性におけるMHC結合性自己ペプチドのアミノ酸配列の多型に起因する、マイナー組織適合性抗原の研究や、非古典的MHCの発見、古典的あるいは非古典的MHCに結合するレセプターを発現する、NK細胞やNKT細胞の臓器移植における拒絶反応への関与、そして、高速DNAシークエンサーを用いたHLAタイピング技術の開発と応用などが、近年IHIWでクロースアップされています。

5.日本組織適合性研究会の結成
 本学会の前身として、日本人のHLAの多型性を解明するために1972年に発足した、日本組織適合性研究会がありました。この時代にはHLAの多型の識別は、アロHLAに対する抗体を含むアロ血清を用いてなされていました。しかし、日本人には白人には稀なHLAが少なからず存在し、白人の抗HLAアロ血清を用いてもタイピングできないHLAが多数存在することが分りました。このために日本中のHLA研究室から、いろいろな特異性を有する抗血清を各ラボが持ちよってワークショップを開催し、持ち寄った抗血清を分配しHLAタイピング用の血清の特性を明らかにし、良質な抗血清を用いたHLAタイピングのQuality Controlを行っていました。しかし、抗血清には量的な限界があり、永遠に良質な抗血清を探し続けなければならないと言う、致命的な欠陥がありました。またMLRによるHLA-Dタイピングは、ごく限られた検査室や研究室でしか出来ず、普及するには至りませんでした。
 その後、1980年代にはHLAの蛋白質レベルでの多型を2次元電気泳動法などを利用して、より詳細に解明する方法が開発されましたが、日常のHLAタイピングに利用するには、あまりにも手技が複雑、高価かつ時間を要し、研究レベルにとどまりタイピング法としては、定着しませんでした。また同時期に開発され、1984年にノーベル賞を受賞したGeorges J.F. Köhler博士とCésar Milstein博士らが開発した単クローン抗体の作成技術の発展により、HLA多型を識別する単クローン抗体の作成が盛んに行われましたが、一部のHLA多型を除き、中々HLAタイピングに利用可能な単クローン抗体は取れず、この方法も普及するには至りませんでした。
 おりしも1970年に分子遺伝学が急速な発展を遂げ、DNAレベルで遺伝子の個体差を同定することが可能となり、さらにKary B. Mullisが開発し1993年にノーベル賞を受賞した、PCR法という画期的な特異的DNAの増幅法の発見、HLA対立遺伝子の多型を識別する各種のプローブの開発、そして近年の高速シークエンサーの導入による、MHC遺伝子のDirect sequencingにより、究極のHLAタイピングが現実的なものとなって参りました。

6.日本組織適合性学会への発展
 日本組織適合性学会は1991年に組織適合性研究会を母体として設立され、初代会長には相澤幹教授(北海道大学)が就任されました。この年に、第11回国際組織適合性ワークショップおよびカンファレンスが辻公美教授 (東海大学)、相沢幹教授 (北海道大学)、笹月健彦教授 (九州大学)の3名が会長となって日本(横浜)で開催されるにあたり。本学会を設立して、わが国における組織適合性研究者の結束を強め、さらなる発展を期しました。このワークショップでは、木村彰方第5代会長がPCR-SSOP法を用いたタイピング用のPrimerとProbeを全世界の参加者に配布され、国際HLAワークショップにおけるDNAタイピングの導入が初めて実施され、大きな成果がもたらされました。
 その後、第2代会長に吉田孝人教授 (浜松医科大学) が、第3代会長には片桐一教授 (旭川医科大学) が就任され、現在までに25回の大会が開催されております。猪子英俊第4代会長は、2003年に第7回アジア・オセアニア組織適合性ワークショップおよびカンファレンスを軽井沢で主催され、さらにHLAタイピング技術者および指導者の認定制度を立ち上げられました。さらにこの認定制度は、木村彰方第5代会長の時代に安定した制度として定着し、HLAタイピングほかの組織適合性試験のQuality controlの礎が築かれました。さらに、西村泰治第6代理事長の時代には、移植・輸血の臨床研究との連携も一段と推進されました。そして、この間に基礎医学、検査医学および移植・再建再生医学を3本柱とした、MHC研究が本学会を通じて大きく発展しております。